研究、独白ブログ。

思った事を書く、思い付きブログ。

信頼できる人の意見は取り入れる。どうでも良い意見は無視する。

 

人との付き合い方は「これだ!」と思ったので、1記事書いてみる。

 

▪︎好きなら聞く、嫌いなら聞かない

この人は信頼できると感じるなら、意見を取り入れられる。

こいつは大嫌いだと思えば、意見など聞く耳持たない。

そして「それでいい」。

何故か、ネット上だと人の意見をちゃんと聞こうとするが、聞きたくもない意見は「聞き流せば良い」。

 

▪︎ムカつく人の意見は「どうあろうともムカつく」

クソムカつくヤフコメのクズ野郎どもに何か言われても不快極まるし、意見など聞きたくもない。

なんというかあんなクズ野郎どもに「賞賛されてもムカつく」し、「貶されてもムカつく」。

煽り散らかすと幾分か気分は晴れるものの、なんか澱のようなモノが溜まって、気分が悪くなる。

どうあろうともムカつくのだから、あそこには近づかないというのが基本線になる。

 

▪︎信頼できる人の意見だけ聞けば良い

どういう角度でもいい。

「自分が信頼できると思った人」。

考え方なのか、振る舞いなのか、言葉なのか、知識量なのか、何かしら「この人の意見を取り入れてみよう」と感じる人。

こういう人に助言を求め、その意見だけ聞いていれば良い。

 

▪︎人の意見をどうするか?で「長所が伸びる」

村上春樹さんの「職業としての小説家」に書かれていたのが非常に面白い。

嫌いな編集者から言われた事は…

「短くしろと言われたものは「長く」」

「長くしろと言われたものは「短く」」

した

という。

これぞまさに「村上春樹」たる所以。

 

これとは違う方向で「嫌いな人の意見も取り入れる」という方もおられる。

オリラジ中田さんとか、若槻千夏さんなどがこのタイプ。

中田さんは全てのコメントにいいねを付けて周りながら意見を集めていて、ファンからアンチまで、ほぼ全ての意見に目を通している。

若槻千夏さんも同様で、エゴサーチして「どう見られているか?」に対して、いい意見も悪い意見も全て収集している。

「全方位的に聞く」と言うのも、個性の一つ。

 

「信頼できる意見だけ聞く」のも「個性」。

「全方位的に聞く」のも「個性」。

 

どちらでも良いのである。

 

▪︎どうあっても「良い方向に変わる」

長所だけ伸ばす人は「突き抜けた人」になる。

全方位的な人は「全ての人に支持される人」になる。

ただ「それだけの違い」でしかない。

必要なのは「人の意見を聞く事」。

ただ「自分が良いと思う方法で」意見を聞くだけでいい」。

 

▪︎人の意見を聞く事で「進化する」

「自分の個性が伸びる」。

人の意見を聞くことで、良いと言われるモノが伸びるし、嫌な事を少なくすることもできる。

人の意見を聞かないと、長所も伸びないし、改善ポイントも分からない。

 

「取り入れる意見は自分で決めて良い」。

ただ「人の意見は必須」。

自分のやりたいように、人の意見を取り入れていきましょう。

 

▪︎まとめ

「人の意見を聞いてみよう」。

「自分の聞きたいように」。

信頼できる人の意見だけを聞きたければそうすれば良いし、色んな人の意見が聞きたければそうすれば良い。

「個性はそこから始まってる」。

 

ただ「人の意見は必須」。

自分の意見だけだと視野が狭く、長所が伸びにくく、客観的な評価が難しい。

人に意見をもらい、それをどう消化するかが個性の見せ所。

「自分のやりたいように」意見をもらおう。

聞きたくないなら聞かなくて良いし、聞いてみたいなら聞いてみれば良い。

 

「聞いてみたい人を見つける」のも、1つの個性です。

 

自分を進化させるキッカケになれば幸いです。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

空気を読めない男がマジでうざく感じるようになってしまった件

 

当方は男性ながら、モテるように色々頑張ってきたら、なぜか「低スペ男性がクソウザい」と感じるようになった。

理由を詳しく書いてみる。

 

*ここでいう低スペ男は「EQ的な意味でのスペック」です。

稼ぎとか、学歴とかそっちの意味ではなく、地頭、察し力、気遣い力みたいな能力が低いやつが「低スペ男」と言う定義をしています。

 

では「なぜウザいのか?」。

これを言語化してみる。

 

▪︎低スペの男がウザい理由

低スペの男は、とにかく「状況を見ない」。

この一点に集約される。

詳しく書いてみる。

1、相手の状況を考えない

相手が今、どういう状況なのか?

女性と接するようになって、いの一番に学ぶのがこれ。

 

相手が、一人でいたとして…

1、テレビorスマorパソコンで何かを楽しんでいるのか?

2、何かの作業中(家事含む)なのか?

3、暇そうなのか?

 

もしくは、何か作業をやっていたとして…

1、集中しているのか?

2、ながら見なのか?

 

この時に、話しかけていいのは「暇そうな時」と「ながら見をしている時」。

「だけ」なのである。

他の状況は「相手は作業中」であって、「集中している」。

つまり「静かにしてほしい」「話しかけないでほしい」という状況なのである。

この時に「相手にとってベストな行動」というのは「静かに立ち去ること」になる。

 

いくら自分が話しかけたいと思っても、相手にとっては「話しかけないでほしい」のである。

 

しかしここで低スペの男は、自分のことしか考えないため「声をかけてくる」。

相手からすると、当然「ウザい」。

最初の数回は仕方なく対応する。

…が、それが続くと対応が面倒になってくる。

なので「無言で立ち去る」「キレる」のどちらかで対応することになる。

 

2、相手の感情を考えない

上の例をそのまま引用しよう。

あなたが自分の作業に集中し、次の行程を考えながら行なっているとする。

そこにいきなり入ってきた誰かが、「ねえねえ!昨日のあれ見た〜!」と流れをぶった斬ってきたとする。

「それがどんなに好ましい相手であっても」瞬間的に「イラッとする」だろう。

 

ではその誰かが「作業中のとこ申し訳ないんですが、少々お時間よろしいでしょうか?」と入ってきたとしよう。

それでもなお(要件次第では)「少しイラッとする」だろう。

 

要するに、相手は「作業を中断されたくない」のである。

なので、雑談の系統は「その人が何もしてない時にする」。

緊急の要件は、しょうがないので「イラつかせることを前提で話を通しにいく」。

 

女関連で揉まれると、こういう「相手の感情を見る」というのが当たり前になっていく。

 

▪︎なぜ「気遣う」のか?

「快適に過ごせるから」

しかも「お互いに」。

お互いが何かをしてる時は干渉せず、必要な時に手を差し伸べることが可能になる。

「この快適さ」を知ってしまうと、前に戻れなくなるという。

 

▪︎低スペの男は「子供以下」

相手のことを考えず、自分の気持ちだけで動く。

…というより、大半の子供は気遣いができる(こっちが気を使うと同じように返してくる)ので、子供以上に子供。

こっちの環境を侵害してくる。

しかも子供ならまだ可愛いけど、成人男性のわがままはクソほどうざい。

 

▪︎それを指摘するのも気分が悪い

これがこうなって、こう感じるから、マジでやめてくれと指摘する。

いや「分かるだろ」と。

しかも、分からないやつは「繰り返し同じことが起きる」。

分かるやつは言われずともやってるので、「わからないやつだけが残る」。

つまり「先天的にそういうのが苦手」だったり、「不得意な人」。

そういうやつなので「繰り返し説明する必要がある」。

しかも「簡単に納得しない」。

こんだけムカついてんだボケ!っていうのを、何回も言う必要がある。

それが気持ち良くないからやめて欲しいっつってんのに…だ。

 

▪︎低スペの女は「害が少ない」

男性ほど自己主張してこないし、めちゃくちゃ不機嫌な対応をしたり、無視すれば割と解決したりする。

男性の場合、逆ギレしたり、理解できなかったりで、さらなる面倒に繋がることも少なくない。

女性の場合、そも日常的に関わるのが女性コミュニティなので、基本的なルールを学ぶ…というか「学ばされている」。

常識的な範囲内に収まっていることが多く、よほどな人しか低EQコミュニケーションをしてこないという。

 

とにかく…

 

低スペ男性マジうざい

もう俺はそっちに戻れない。

 

変なところで成長を感じた瞬間でした。

 

 

 

IQ(認知能力)が上がる行為、下がる行為。

 

日々の行動により、上がったり下がったりする。

「その結果、何が起きるのか?」というのを書いてみる。

その前に、上がる行動、下がる行動を共有して、本題に入る。

 

▪︎上がる行動、下がる行動

1、睡眠

適度に寝ると上がる。

寝不足で下がる。

寝過ぎても下がる…けど、起きてると上がってくる。

 

2、運動

ちょっとやると上がる。

動きすぎると下がる。

動かなすぎても下がる…けど、動くと上がる。

 

3、酒

呑むと落ちる。

飲まない人はそれだけで高い。

 

4、食事

バランスよく、タンパク質多めだと上がる。

糖質ばかりだと落ちる。

糖質抜きは最悪。

 

5、頭脳労働

適度にやると上がる。

やりすぎると落ちる。

やらなすぎても落ちる…けど、やり始めると上がる。

 

6、気温

15〜20℃辺りがベスト。

10℃を下回ると落ちる。

25℃を超えても落ちる。

 

▪︎上がるメリット

1、現実が分かる

何がどうなってこうなってるという「手順」。

例えば「バイクを買う」とする。

バイク屋に見に行って、

試乗したりしなかったりして、

書類を集めて、

カネの算段をつけて(ローン審査or現金確保orカード支払額確認など)、

バイク屋で契約し、

バイク用品(ヘルメットやグローブやバイクカバーなど)を揃えて、

バイク置き場を確保して、

納車の日を迎える。

という。

こういう「必要な事」を「現実的に捉えられえる」。

頭悪い人は「バイクを見に行って契約する」までしか、手順が思い浮かばないという。

 

2、感情が分かる

上と連動してる。

例えば「不機嫌な人がいた」とする。

*知り合いの場合

その人が…

どういう人(何を好み、何を嫌うのか?)で、

どういう状態(寝不足の状況、空腹の状態、前日の疲労、今の疲労などなど)で、

どういう状況(誰と喧嘩した、相性悪い人といるなど)なのか?

という事が「正確に分かれば」

不機嫌な理由も察しがつく。

そのため、人間関係が上手く回る。

 

なんでもメリットがあればデメリットある。

という事で次。

 

▪︎上がり過ぎるデメリット

1、現実が分かるのでやる気がなくなる

現実が正確に分かる=「必要な事」が分かる。

要は、「必要な事=やらなきゃいけない事」。

これをするためにはこれをやらなきゃいけないと正確に分かるので、その(膨大な)手順が見えて、やる気がなくなる。

 

2、不安症で行動力が落ちる

これも上と連動してる。

現実が分かるが故に、先の心配をする。

あれが起きたらどうしよう、これが起きたらどうしよう、と「起きるとやばい事」を考えてしまう。

実際には「ほぼ起きない」のに、その心配に力を使い、結果やる気が無くなる。

 

ここから見えるのは、「低さのメリットも数多くある」という事。

 

▪︎下がるメリット

1、行動力が上がる

認知能力が落ちるので、先のこと、起きえる事、手順などを気にしなくなる。

まあなんとかなんだろ〜と動けるので、行動する事が苦じゃなくなる。

 

2、人の意見に左右されにくくなる

こちらも同じ。

認知能力低下で、人の感情を正確に判断できなくなる。

なので、気にせず動ける。

 

もちろん、あまりに頭が悪いとデメリットもある。

 

▪︎下がるデメリット

1、現実が理解不能になる
2、感情が分からなくなる

 

…深く解説するまでもない。

 

ということで次。

 

▪︎高すぎても「不安症」に。低すぎても「バ◯」になる。

認知能力が高すぎると、現実を正確に判断してしまうので「考えすぎてしまう」。

それを嫌って、目一杯働いていつも疲れてるような状態だと「バ◯になる」。

 

ではどうすれば良いのか?

 

▪︎「少し疲れてる」くらいが、現実的には楽しく暮らせる

現実を少し見て、少しバ◯になるくらい。

これがちょうど良い。

正確に判断するとやる気が出ないし、行動力だけあって現実を見ないと、単なる「迷惑な人」になる。

*現実を見てないので、ありがた迷惑になる。

二手先くらいまでを手順に入れて、その先は未定。

人に配慮するのも、目の前の事+αくらいまでにしといて、先々の事まで心配しない。

そのくらいが、一番楽しく暮らせると思う。

 

▪︎まとめ

「能動的に、少しバ◯になろう」。

心配症や、人に配慮しすぎる人は「能力が高すぎ」です。

少し落とすくらいでバランスが取れます。

 

ちなみに「現実を見てないバ◯は、こんなブログなんて見ない」です。

故に、ほぼほぼ「あなたの能力が高すぎる」という事で、間違いありません。

現実を見すぎるとやる気がなくなるので、いい感じに「ぼやかす」方法を使い、ちょうど良く過ごせるくらいに調整しましょう。

 

「ほどよく疲れてるくらいがちょうど良い」。

そんなお話でした。

 

「本当にやりたい事」は「すごく難しい」お話。

 

その「労力を持ってして」まで「やりたいのか?」。

 

例を出しつつ説明してみる。

 

▪︎乗ってみたいバイクがある

筆者はずっと「TMAX560」というバイクに興味がある。

最初は単純に高くて買えないだけだったんだが、調べまくるうちに「別の問題が出てきた」。

それは…

1、筆者の使い方に向かない車体構成

*欧州の160km巡航で最適な設定になっているため、重すぎ、パワーありすぎで、日本の都市部の一般道で使うのに明らかにミスマッチ。

2、維持費もめっちゃ高い

という2点。

なので「そこまでして買いたいのか?」と問われると、「いや、どっちでもいい」という感じ。

確かに「乗ってはみたい」んだけど、レンタルで乗れれば十分で、「買ってまで乗らなくてもいい」という感じ。

 

これは結構色々なことに当てはまる。

 

例えば「格闘ゲーム(鉄拳8)」

ずっと「勝ちたい」「上手くなりたい」と思ってやってきた。

そして、頂点プレイヤーの講習動画とかを見て「少し勝てるようになった」。

それにより、頂点プレイヤーが「どうやって勝ってるのか」が「分かった」。

膨大な量の技とタイミングを身体で覚えて、それの対策を全て練り、その対策に対して返せる技を練って読み合いを回し、さらに相手の手癖を見るようになれば「勝てる」。

…これもバイクと同じで「じゃあそこまでやりたいか?」というと「別にそこまでやってまで勝ちたくない」という。

 

仕事も同じ。

メンズファッション系の接客業をやりたいけど、実際に店舗に入って「8時間立ちっぱなし」の「超薄給業務」を「やりたいか?」と問われると、「あんまやりたくない」。

マーケティング業務もやってみたいけど、お祈りメールを100通もらってまで通過したいか?と問われると「別にやりたくない」。

 

ブログでも、100万PVの記事を作ってみたいけど、ネット上の有象無象に絡まれたり、変に有名になってやりにくくなるくらいなら、「別に今のままでいい」。

toyokeizai.net

*ネットは仕組み上、問題がある。

 

そして本題。

 

▪︎「そこまでして」でも「本当にやりたいのか?」

お金が欲しい、モテたい、あれが欲しい、これがやってみたい。

それは確かに「労力をかければできる」。

10年間18時間働けば年収1000万になるし、100人の異性にアタックすれば絶対にモテるし、物を買うだけなら金があれば買えるし、カネがあればとりあえずやってみたいことは可能になる。

でもそれは「そこまでしてやりたい事なのか?」。

今ある自由時間も、人と楽しく喋れる余裕も、思い立ったら遊びに行ける自由も「全て捨てて」、結果のために奔走する。

そこまでしてやりたいなら構わない。

「そこまでしてやりたくない場合」どうすればいいのだろうか?

 

▪︎「本当にやりたい事」は「意外と難しい」

「自分の支払える労力において」

「最も望ましいこと」

やりたいけど、そこまでしてやりたくないことは、ものすごくいっぱいある。

「自分の労力の中でやりたい事」。

これを見つけるのって「実はものすごく難しくないか?」と。

 

「本当にやりたいこと」。

これを「改めて考えてみる」のは、すごく重要なんじゃないか?と思ったというお話でした。

 

 

人生には2つの軸が必要かもしれない。

 

「瞬間的な楽しさ」

「成長(仕事)」

軸が全く違う。

 

何が違うのか?

 

▪︎楽しさは「受け身」、仕事は「主体的」

1、楽しさは受け身と共に「即効性がある」。

楽しいというのは「感じる」事。

要は「外部の刺激があって初めて成り立つ」。

自分に合う人と出会って楽しいとか、ゲームが楽しいとか「そういうやつ」。

合う人と会えばいつでも楽しいし、ゲームなんかもやった瞬間から楽しい。

「瞬間的に楽しい」。

 

2、仕事は「遅効性」

やり始めた瞬間から楽しいと感じる仕事など「まずない」。

*仕事「内容」に関して。

それに主体的に取り組む事で「成長する」という面白さが出てくる。

難しくてもとりあえずやるんだ!

これがやりたいんだ!

という…想いというか「主体性」。

出来ないかもしれないけど、とりあえずこれに向かって進むと決める事で、色々と見えてくるという。

 

そしてもう一つ。

 

▪︎人との関わり方が違う

1、「楽しい」場合

「優しさ」「思いやり」「気持ち良さ」「パーソナリティ」などを基準として関わる。

お互いの感情を察知し、優しさと思いやりを共有しあって、気持ちいい関係を築く。

話してて気持ちいいとか、意見が伝わりあって楽しいとか、そういう「気持ち良さ」がベースにある関係。

恋人とか友達とかの「近い関係」がこれ。

 

2、「仕事」の場合

「目的」をベースに繋がる。

これがやりたい!→

それをやってる先駆者がいる→

教えてもらいに行く→

教えてもらえたら、メンター認定

みたいな感じ。

自分が上の立場になったら、下の人に同じ事をしてあげるという感じ。

 

この時に重要なのは「教えてくれる事」であって、「気持ち良い関係を築く事ではない」。

実績を出してて教え方が上手いのであれば面倒でも聞きに行くし、いくら気持ち良くても役に立たないのであれば聞きに行かない。

 

目的のためなので、多少我慢してでも付き合う。

 

▪︎これらを「切り替える」のが重要

普段の生活でも役に立つ人ばかり選んだり、仕事でも気持ち良さを求めたりすると「崩れる」。

プライベートが仕事に侵食されて、人としての感情が毀損されたり、仕事で目標が不明瞭になって目的が不達になったりする。

普段は「気持ちいい人」と飲んだり遊んだりして、仕事になったら「教えてくれる人」と連む。

自分の振る舞いとしても、プライベートで人にアドバイスしだしたり、仕事で楽しい会話ばかりし始めたら、少し注意が必要。

 

▪︎プライベートでは「自分の気持ち良さを確保しよう」

凄く混同しがち。

「話しててなんか嫌な気分になる人」は、プライベートでは「いらない」のである。

話してて楽しい人、気持ちいい人、楽しいモノやコトがあればいい。

しかもそれは「主観的」。

自分が気持ちいいと感じれば気持ちいいし、楽しいと感じるなら楽しい。

強いていうなら、プライベートの目的は「楽しむこと」。

そして「機嫌良くいられるようにする」事。

成長などしなくていい。

楽しい方がいいのである。

 

▪︎まとめ

瞬間的な楽しさ=受け身

仕事=主体的

 

受け身というのは「その刺激を得られないと感じられない」から。

主体性に楽しい事を探しに行っても、その先の刺激が全然楽しくないという事は全然あり得る。

 

対して、仕事=主体性。

こちらは「目的」。

…というか「目的に向かう事が目的」。

「そこに向かって成長する事そのものが刺激」なので、結果に関わらず面白さがある。

ただし「楽しむ事が目的じゃない」。

目の前の作業が面白かろうと、つまらなかろうと、あまり関係ない。

目標に進んでるかどうか?が重要で、それ自体が面白さになる。

 

あと重要なのは「食い違いを起こさない事」。

プライベートで瞬間的な楽しさを求めてるのに目的思考になったり、仕事で目的思考になってるのの楽しさ最優先で動いたりすると、食い違いが起きます。

楽しさを求めるならプライベートで

成長を求めるなら仕事で

行いましょう。

 

…なんか書いてて微妙に訳わかんなくなってきたので、とりあえず〆る。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

今週の気になったことメモ

 

1、対人関係は、9聞く、1話すと「楽しい」

めっちゃ聞いてから話すと、通じ合えた感じがして楽しい。

 

2、ネットは「発言したい人」「人に聞いてもらい人」にとって楽園

物を言いたいい人「ばかり」になってるらしい。

ネットで「過激な発言」ばかり目に入る根本理由 中庸な人が発言をやめてしまう特殊な言論空間 | インターネット | 東洋経済オンライン

だから、中田さんとか西野さんとか堀江さんとか「とにかく物が言いたくてしょうがない自己主張が強い人」が「活きる場所」。

 

3、人が喜ぶ事そするのが、得意な事を見つけるのに一番簡単な方法

人が喜ぶこと=価値。

喋るのが上手い人、人と意見を通じ合わせるのが好きな人、絵が上手い人などなど。

人が評価する「それ」が「強み」。

 

4、自分一人の満足を極めるよりも、人に喜んでもらえる事をする方が、長期的に良い

得意な事を使い続ける事で、さらに得意になる(さらに喜んでもらえる)という最強の循環。

 

5、働きたいけど就活はやりたくない

就活が上手くなりたい訳じゃない。

仕事が上手くなりたい、体験したい。

なんで就活する必要があるんだ?という。

 

6、学者とか文筆家とかは「体験した事ない事」を「書いてる」

実体験からじゃなくて、「こうじゃないか?」「こうなってるんじゃないか?」という「予測」。

予測と現実の区別がついてない。

 

7、人の成長には時間がかかる

1年目からめっちゃ期待してる謎現象。

 

以上!

 

喋るのがあまり好きじゃない自分の限界値。

 

気になったことがあったら検索してみると、元になった記事が見つかるので、暇つぶしにでもしてくれ。

 

引きこもりがヤバい「本当の理由」。

 

「自分の価値(強み)が分からなくなる」から。

なぜなのか?

 

◾︎自分の良さは「自分では分からない」

例えば、貴方が「イケメン」だとする。

そのイケメンな貴方は「生まれつきその顔」なのである。

「何十年という時間を」

「鏡で自分の顔を見て」

「変化も見て」

「今の自分になってる」

もう「その顔が当たり前」なのである。

要するに「自分がカッコいいかどうか分からない」。

当たり前過ぎて。

 

しかしながら、周りの人は違う。

 

◾︎自分の良さは「人に教えてもらう」必要がある

貴方にとって当たり前の「イケメン顔」。

なので、周りの人から「カッコいいね!」と「教えてもらう」必要がある。

周りの人は「客観的に見て判断してる」。

色々な人を見て、色々な人と比較して、そう思っている。

貴方自身は、自分の事をカッコいいとは思わないだろう。

しかしながら、周りの人は違う。

周りの人がカッコいいというのであれば、貴方は「カッコいい」のである。

なればこそ、その「カッコ良さが活きる場面」に呼ばれる事になる。

 

◾︎人が自分を活かしてくれる

貴方はイケメンだとするならば、周りの人がそれを活きる場面に誘ってくれる。

モデルなどの職業から、合コンだったりの遊びの場面まで「イケメンである事が価値になる場所」に誘われるようになる。

そこでは貴方の価値が最大化され、さらにそこでの経験で磨かれた特性によって、さらなる進化をしていく。

人によって貴方の価値が見出され、人によって貴方の価値が磨かれていく。

 

「これがごっそり無くなる」。

 

◾︎引きこもりがヤバいのは「強みを見失う」から

引きこもりがヤバいというより「1人でいる事」がヤバい。

上で書いた通り「自分の良さは自分では分からない」。

自分にどんな特性があって、何が得意なのか?

さらに、それを活かした「その先」にあったはずの経験値まで、「ごっそり見失う」。

ニートでも、色んな友達と遊び回ってるなら問題ない。

真に問題なのは「1人でいる事」。

1人でいればいるほど、自分の良さを見失う事になる。

見失うというか「発見する機会を失う」。

誰かといれば何かしら見つかるモノが、1人でいる事によって何もないと感じるようになる。

その結果、向いてない事をしだしたり、全く評価されない事をしだしたり、良い部分を悪く受け取って自分を見失ったりする。

貴方が超イケメンだったとしても、1人で文章を書いて顔出しをほとんどしなかったり、女性とほとんど関わらなかったり、職人で1人で物作りしてたりすると、貴方のイケメンという特性が無価値なモノになる。

これはイケメンという見た目の特性だから簡単だった。

…が、頭が良いとか、優しいとかの「少し複雑な特性」だと、尚のこと厄介になる。

優しい人が数字が全ての金融に走ったり、頭が良い人がフィーリングが重要なお笑いをやったりといった「全然向いてない(全く評価されない)事をやり出す」という事態が起きる。

 

これはまあ運要素もある。

 

それを踏まえても、1人でいるよりも、色んな人と一緒にいて、自分を評価してもらう機会を得るのは、めちゃくちゃ重要です。

 

◾︎まとめ

自分の良さは「自分じゃ分からない」。

なので、自分の良さは「人に教えてもらう必要がある」。

しかも大体の場合、教えてくれるだけじゃなく、「活かす方法」までワンセットで付いてくる。

そして、一回流れに乗って仕舞えば、おそらく一生困らない。

強みが活きる場所で、強みを活かした経験値が手に入る。

それを10年、20年とやっていけば、立派な「専門職」です。

なので、最もヤバいのは「1人でいる事」です。

強みの発掘もなければ、活きる場所も見つからず、経験値も手に入らないので、開発も進まない。

いつまでも自分の活かし方が分からず、いつまでも困る事になる。

 

まあ単純に「1人でいる事をやめましょう」。

おそらく「デメリットしかない」です。

 

人に言われて、人に発掘されて、向いてる場所に辿り着きます。

 

「暇があったら人と会いましょう」。

シンプルが最強。

 

以上です。

強みを発掘し、人に貢献しながら、楽しく生活していきましょう。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

才能のまとめ

 

才能の地図+ウェルビーイングの本を読んで、才能とは何か?に整理がついた。

「才能」と「好きな事」は、割と連動してる感じがするという説明をば。

 

◾︎才能は比較優位

そこで優れてるかどうか?

ゲーム、音楽、政治、経営、経理など、様々なジャンルが存在する。

そこから一つを選ぶ。

 

例えば「ゲーム」を選ぶとしよう。

まずは「ジャンル」を絞る。

FPSなのか、格ゲーなのか、シミュレーションなのかで、求められるモノが違う。

FPSは反射神経、格ゲーは反射神経+攻略(対策)力、シミュレーションは学校の勉強みたいにコツコツやる力が必要となる。

それを、さらに細分化する。

格ゲーであれば、スト6なのか、鉄拳8なのか、ギルティギアストライブなのかで「求められるモノが違う」。

*スト6とギルティは基礎的な反射神経、鉄拳は攻略力の比重が高い。

そういう「他人との比較」で「有利を取れる能力がある」=「自分が勝てるor人から評価される」事となる。

 

絞って絞って絞って、ピンポイントで自分の特性が活きる場所を探す。

これは才能の地図でも、オリラジ中田さんのジーニアスという本の中で仰っている事であり、割と色んな人が似たような事を言ってる箇所だったりします。

幅広く考えるのではなく、「ピンポイントで活きる場所」を探す。

「他人との関係の中で」「自分の特性として優れた部分を活かして」「人に認められる=人の役に立つ事」をする。

 

「そんなのないよ」という、筆者と同じ悩みを抱えた読者様向けの答えが次。

 

◾︎比較優位は「どこで分かるか?」

上述のゲームを例に深掘りする。

あなたが「とても反射神経に優れている」としよう。

その上で「FPSを始めた」としよう。

では、もう一つ問う。

最初っから「明確に人より優れてると分かるだろうか?」。

要は「最初っからFPSで勝てるだろうか?」。

答えは明白。

「勝てない」。

確かに、一緒に始めた人達の中では無双してもおかしくはない。

しかしながら、そこそこの才能でも何年もそれをやって練度が高くて知識があったり、同じレベルの才能があって先に始めてる人達に勝てるか?=比較優位を証明できるか?というと「ほぼ無理」なのである。

「どんなに才能があったとしても」練習せずに勝てるようになると考えるのは、現実的に無理がある。

ここで矛盾が出る。

「最初は勝てないけど」「才能はある」。

比較優位なんだけど、比較優位が明確に表に出ないという。

 

そこで出てくるのが「好きな事」。

 

◾︎比較優位まで持っていくモチベーションがある事=好きな事

「そこまで持っていく(人に求められるレベルにまで伸ばす)ためのモチベーション」が「好きな事」なのである。

あなたに才能が溢れまくっていたとしても、あなたのやる気が全く湧かないのであれば、その才能は表に出ることがない=比較優位になることがない。

反射神経にめっちゃ優れてるけど、経営が好きで考える事が好きなのであれば、FPSに触れる機会すらなく、練習する機会すらなく、人に評価される機会すらないのである。

 

むしろ経営の中で、即断即決できる人としての才能が伸びているかもしれない。

 

そのように「才能の有無」と同じかそれ以上に、「自分が主体的に取り組める好きな事」が重要。

 

そもそも練習しよう=習得しようと思わなければ、才能を発揮する機会すらない訳で、才能の有無自体が関係なくなってしまう。

 

「才能が発揮できる下地を作る」のが「好きな事」なのである。

 

◾︎「モチベーションを感じる事」をやろう

才能の有無よりも、「やってて楽しい事」や「興味のある事」の方が重要。

才能は一種の「結果」であって、上手くできるようになった「後」のお話しなのである。

「そこまで持っていく」のは自分でやる必要があるという。

その「自分でやる気がある事」こそが「真に重要な事」。

自分で主体的に取り組めるやる気があるからこそ、人に評価されるまでに上り詰められるという。

「自分からやってみようと思う事」が最も重要な事であって、人から評価されるかは「後で判断すればいい」。

 

◾︎自分の気持ちを大事に

幸福学(ウェルビーイング)でも「主体性が大事」と言われる。

「自分がやる気になって取り組む」と「幸せを感じる」という。

やりたくない事はやりたくないから、もうしょうがない。

なので、やる気がある事を主体的にやろう。

むしろ「主体的にやる気を持ってやれる事」こそが「結果に繋がる」とすら言える。

やりたい事をやってみましょう。

 

◾︎まとめ

才能=比較優位。

その「比較優位を作るために必要」なのが「好きな事」です。

むしろ、主体的に取り組める事こそが「才能ある事」なのかもしれません。

なので「優位かどうかは関係ない」とも言えます。

 

好きで主体的に取り組んでれば「勝手に上手くなってる」という方が自然です。

そして、勝手に「あの人は才能がある」と言われるようになってるという。

 

「才能を探す」よりも「楽しく取り組める事を探す」方が、結果的に上手く回るようです。

 

「主体的に取り組める好きな事」を探しましょう。

それが見つかれば、あなたは数年後「才能がある人」と言われるようになります。

 

才能のある、あなたが輝く1つの手助けになれば幸いです。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

ネットは「現実で評価が高い事」を「拡散する」場所。

 

今ネットで評価を得ている人達がいる。

その人達は「ネットで評価を勝ち取った」のかと思っていた。

そしたら「違った」。

「元々評価が高い事」を「ネットで拡散する」。

 

「現実が先」「ネットが後」っていう。

 

▪︎「現実で評価が高い事」が「超大事」

仕事やゲームのスキルなんかが最も代表的で分かりやすい。

全国一位になったとか。

…しかしながら、そんなのは業界で数人しかいないレベルだし、他で使えるという自覚もあるだろうし、わざわざネットに出さなくても満足していたりするだろう。

 

一般人にとってもっと身近なのは「性格」。

もっというと「友達に何を最も評価されているか?」。

話しが上手い、聞き上手、面白い、優しい、頭がいい、言葉が上手い…などなど…。

その「評価されてる部分を活かせるコンテンツ」を「ネット上に出す」。

なんせ「元々評価が高かった部分」である。

当然ながら「多くの人が好ましく感じる可能性が高い部分」。

即ち「長所となり得る部分」なのです。

 

▪︎ネットで評価を勝ち取るなんてことは「ない」

「ネットに出したらバズった」というのがある。

ある人にとっては事実だろう。

しかしながら、これは「海に石投げたら鯛に当たった」くらいの話である。

あるかないかっつったら「ある」。

でも、実現できるかどうか?と言ったら「まあ無理」。

現実で評価される部分をベースに拡散した方が勝率が遥かに高い。

 

▪︎悪い部分より「良い部分が見たい」

悪いとこが知りたいんじゃない。

「良いところが知りたい」のだ。

評価される部分=楽しくしてくれる部分が知りたいのであって、テンションが落ちる悪い部分なんて知りたくもないわけだ。

…もっというと「長所は短所の裏返し」。

なので、何かに秀でてたら、何かが凹んでる。

凹んでる側を見るよりも、秀でてる方を見て楽しみたいだろ?

そういうこと。

 

▪︎まとめ

「現実で評価されること」を「ネットに持ってこよう」。

評価されるとは限らない。

…が、評価される可能性は高い。

人間は「楽しめるものが見たい」。

あなたや俺の、文句言いたくなるような短所を見たいわけ「ではない」。

「見てて面白い」「凄いと感じる」という「長所の方が見たい」のである。

ここを勘違いするとえらい事になる。

「評価される長所」を伸ばしていきましょう。

 

 

 

自分が言いたい事を説明するのが面倒くさい。

 

ブログを書き始めるとやる気がなくなる事が多い。

言語化って面倒じゃね?

 

▪︎面倒すぎな理由

1、明確化するのが面倒

言語化が既に面倒。

言語化してみて、意外と手順踏んでるんだなとかの新しい発見はある。

が、それを「伝える」となると、次の手順が発生する。

 

2、分かるように順序を付けるのが面倒

殴り書きじゃ伝わらん。

なので、知らん人が見ても分かるように、順序を追って説明しないといけない。

それが超絶面倒。

 

3、言い方を考えるのが面倒

どんな人が見てるのか分からん。

子供に対するような言い方なのか、目上に対する言い方なのか、後輩なのか、同僚なのか?

それを考えるのも面倒。

 

んで、頑張って考えて作った割に、次の問題が発生。

 

▪︎得られるモノがない

1、相手の情報がないから面倒

言い回しとか、伝えたい事ってのは、その人があってこそ意味がある。

そいつが役に立ったと感じたり、面白かったと感じるからこそ意味がある。

…が、俺は貴方の情報が「何もない」のである。

貴方が何を好きで、何に興味があって、何をやってきたのか?

ヤンキーでケンカと格闘技やってきましたって人に伝わる書き方と、大人しいタイプで勉強とインドア遊びをやってきましたっていう人に伝わる書き方は「全く異なる」。

分からないから伝えようもなく、伝わったかどうかすら分からない。

つまり「何も得るものがない」。

 

2、伝わってるか分かんねーから面倒

リアクションがない。

結局なんだったの?っていう。

 

▪︎文章及びブログは「満足感が全くない」

書いただけ。

暇つぶし。

昔はそれでも何かあると思って書いてたけど、10年やった今は分かる。

「何も無かった」。

ここには何もない。

 

▪︎対象を絞った方が満足感が大きい

誰に、何を、どういう風に、伝えるのか?

そして、その結果「何を得たいのか?」。

楽しく話したいのか?

役に立ちたいのか?

その人の気分を良くしたいのか?

 

絞る事で明確になり、狙った結果が得られる。

万人に向けて、何を言ってるか分からんモノを書いても、誰にも伝わらない。

 

そんな感じ。

 

▪︎あとがき

やべー…また無駄な時間を過ごした。

 

この時間をもっと有意義に使おう。

ただ時間を使い、眼精疲労を蓄積させただけだわ…。

 

これ読んだ皆様も、現実の、もっと意味のある活動に戻りましょう。

こんなモノ見ててもしょうがないです。

 

今すぐ外行って、気分良く過ごし、誰かと話し、やるべき経済活動をやって、メシ食って、酒呑んで寝ましょう。

 

ブログなんて意味ねーよ。

 

もっと意味のある活動は「すぐそこの現実にあります」。

朝なら、今すぐメシ食って外に出ましょう。

昼なら、今すぐ外に出て、散歩しましょう。

夜なら、今すぐメシ食って風呂入って寝ましょう。

 

文章なんて見なくて良いし、書かなくていいです。

そういうのは仕事だけでやってりゃ充分です。

 

以上です。

 

今すぐ現実に戻り、必要な事をやりましょう。