「記憶の媒体が無くなるから」。
モノを捨てる=記憶を捨てるような喪失感がある。
◾︎記憶の「思い出し方」
⚫︎五感
見る、音、匂い、手触りなど。
その場所に行くと思い出す、彼氏彼女の香水を嗅ぐと思い出す、など。
これに「モノ」が含まれる。
◾︎その時の記憶の媒介
「思い出の品物」というモノがある。
それは「それを見ると思い出す記憶がある」という事。
これを着て遊びに行った「あの思い出がある」。
やっと買ってもらった思い出がある。
迷いまくってようやく買った記憶がある。
すんごい大事にして使った記憶がある。
これが捨てられない。
◾︎媒介を捨てるという事
記憶の一部を永遠に葬るという事。
その記憶は色褪せないし、思い出せなくなるわけじゃないんだけど、「その時のその品」というのは世界で1つしかない。
色濃い思い出があるほど捨てられないのも納得。
◾︎キチンとお別れする
個人的には「泣いて捨てる」というレベルでもいいと思う。
それくらい「コイツにお世話になった」。
だからこそ「自分の意思で」「ありがとうの気持ちを持って」お別れを告げる。
⚫︎写真に残しとくのは「あり」
モノは無くなっても、記憶はなくならない。
その時を思い出すキッカケさえあればいい。
思い出のアルバムで盛り上がる事はよくある。
そういうものを作るのも1つの方法。
◾︎まとめ
ある種の「捨てられないモノ」は、あって当たり前。
あなた以外の人にとっては、それは「ガラクタ」だろう。
事実そうだし、あなたのエピソードを共有してない相手には理解できない。
あなたにとっては「宝物」だ。
しかしながら、いつかはお別れの時が来る。
自分で選ぶか、他人に任せるか、だ。
自分のモノは「自分の責任を持って」自分で整理しよう。
ミニマリストは究極の「現在主義」だが、ある種「逃げている」とも言える。
思い出になる前に新しく変えていく。
今の俺もある種「こっち」ではある。
…が、やはり「あの時に誰々からもらった」とか、「あいつと何してた記憶の品」ってのは代えがなく、それはそれで良い物だと思う。
移り変わりの早い時代だからこそ「何を持つか?」ってのも問われる。
あなたの価値観を反映したモノを持ちましょう♪