精神と健康と女とテストステロン

健康は全てに通ず。

客観的に見て、俺は「優秀」であり「モテる方」らしい。

 

これを表現するのは物凄く気持ち悪いんだけど、敢えて書いてみるテスト。

 

◾︎どっちかっつーと優秀で天才型でモテる方だと認めたくない

自分で自分を「できる方」って表現するのに凄まじい抵抗感がある。

いやなんか「ムカつく」よねそいつ。

その優秀なやつよりも優秀な成績を出して、潰してやりたいと思う。

同じように、モテるっつってるやつの女を奪って、大した事ねえんだと分からせたいと思う。

なもんで、同じように調子乗ってると潰されんじゃねえか?と思う。

 

◾︎違うタイプの主張できる人もいる

嫌味しゃなく「できる方」って主張する人も確かにいる。

その差はまだ明確に言語化できてないが、褒めた相手をも気持ち良くさせるような「表現ができる人」。

こういう人もいて、そういう人は「かなり気持ち良く人生を過ごしてる」。

素晴らしい。

 

◾︎とにかく「なんか抵抗感がある」

仲間内でエースナンバーを主張したり、主役級を要求したりして通る事は「ままあった」。

やりたい事を実現してくれる人も、助けてくれる人もいた。

しかしながら、それは「相手が素晴らしい人だから」だと思ってた。

それはもちろんそうなんだけど、その人達だって全ての人を助けるわけじゃない。

その他の要素として「俺もそれなりに優れてるから」ってのがある。

 

⚫︎書いてても抵抗がある

感情表現やらの抵抗はほぼないし、文章において困ることは少なめだった。

しかしながら、自分を優秀だと認める事に抵抗感がある。

 

◾︎ずっとムカつくと思って嫌ってたのが、むしろ自分もそっち側だったっていう。

どっちかってーと人生で苦労してないし、お坊ちゃま寄りだし、自分勝手にやってきた。

20歳までは完全にリア充だったし、今は今とて遊びながら社会復帰っつか人生を動かせる仕事を探す時間を貰ってる。

客観的に見れば「優秀なボンボンが本業を探してあがいてる」って感じ。

凄え盛った表現をすれば、「豊田章夫社長(トヨタの社長)」的な感じ。

根っからの苦労人じゃなくて、周囲から応援されるような環境(逆境じゃないという意味で)で、あがきながら前に進んできたって感じ。

その辺の、遊び回りつつも、足掻きつつ、真面目に登ってきたっていう「秀才エリート」に近いのが俺。

設楽とか、小泉進次郎とか、エリートの2世。

…いや、実際「全然努力してねえ」んで、真の秀才エリートと比較するのは抵抗があるが。

 

◾︎納得できない人が自分の可能性もある

客観的に見ろ客観的に。

一歩引いた視点で見ると、ビックリするくらいのやつに似てる可能性がある。

んで、そういう自分なんだと認めてみる事。

というより「表現してみること」。

凄え抵抗感のある表現にこそ、自分の根幹がある。

まあ色々やってみましょう。

 

◾︎まとめ

自分が抵抗のある表現をしてみよう。

まあ「気持ち悪い」のよ。

この記事を書いてる時の感触が。

そういう事をやってみて、可能なら実際に言ってみよう。

どんなリアクションが来るかは分からないが、まあとりあえずやってみるのが重要。

ノーリアクションまでを計算にいれて行うこと。

あとはやってのお楽しみでぜひ♪