精神と健康と女とテストステロン

健康は全てに通ず。

ソロ活は限界がある。

 

*ソロ活動=1人で行動したり、1人で稼ごうとする事を指す造語。それに偏るとヤバイよという事。

 

「発想の幅の限界」。

さらに「体験出来る幅の限界」。

ネット使って活動してるとさらに陥りがちだが、「一人で出来る事は多くない」。

 

◾︎何がソロの限界なのか?

1、発想の幅

恐ろしきかな。

これは文字通りの意味で。

ブラックスワン 〜不確実性とリスクの本質」という本がある。

完全に意訳すると、予想できない出来事は「予想すらできないんだ」という事。

例えば、オタ界隈で有名なジョークで「女の子が空から降ってこないかな」という表現がある。

それに限りなく近い状況は現実に存在する。

何かのキッカケでたまたま会った人と意気投合して、遊びに行く事になって、やっちゃうっていう。

…んだが、その存在を感知できない。

言語的に説明するのが非常に難しい。

とにかく「今の発想の外側に世界があるんだ」という事。

「自分では考えもしない可能性がある」。

 

2、体験の幅

超悪人もいれば、超善人もいる。

何をしてもキレるような人もいれば、「この人は仏なのか?」と思えるほど怒らずに説明に努める人もいる。

これも「発想の外」。

「こんな人(や事)が存在したのか!?」って体験がある。

 

◾︎ソロ活動は「想定内で収まる」

「良くも悪くも」。

予想通りなのよ。

超悪人に出会うこともないし、超善人に出会う事もない。

んで、このソロ活動に勤しむようになる理由ってのが人それぞれなのよ。

 

◾︎俺の場合

パニック障害をやった。

これは個人的には物凄く辛かった。

「突発的な不安症状に襲われる」のよ。

パニック障害は脳の誤作動と言われる。

脳の扁桃体(恐怖を感じる部位)が過剰反応して、恐怖症状が起きる。

要は、ヤンキーとかに絡まれて「返答次第で死ぬかも」ってプレッシャーに晒されてる感じ。

扁桃体の恐怖は「逃走か闘争か?」の反応を引き起こす。

それが一日中いつ来るか分からない中で過ごしてきた。

10年くらい。

なもんで「自分でコントロール出来る範囲の物事しかやりたくなかった」。

いつ不安が起きるか分かんない自分のコントロールすら覚束ねえのに、さらに外部要因でコントロール不能になったら「どう生きるんだ?」っていう。

これが長く続いたために、自分でコントロール出来るソロ活動をし始めた。

 

この辺の理由は人それぞれ。

もしソロ活動してるなら「何故そうなったのか?」ってのを考えてみても面白いかもしれない。

 

◾︎基盤は「健康」

キッチリ睡眠を取り、ちゃんとした物を食い、それなりに毎日「活動」する。

*ある程度の運動負荷をかける

そこから作られる「体力」と「メンタル」によって、日々が成り立つ。

会社が激務でも回復出来るし、嫌なら次に向かう行動が出来る。

基盤が崩れてると「行動できない」。

むしろ「避けるようになる」。

予想外なんて必要なくて、コントロールされた領域の方が快適に感じる。

それはそれで良いんだけど、もしそれで何か納得いかないようであれば、外に出てみよう。

外は「自分で考えつかない事に満ちてる」。

自分では考えつかない事を求めて行動する

それくらいのノリでいい。

 

◾︎まとめ

ソロ活動の限界は早い。

自分で考え出せるモノには限界があって、自分で体験出来るモノにも限界がある。

その外側にも色々あって、むしろこっちが本命。

もし健康を損なってたり「前職の歪みを引きずってたりする」のなら、まずそっちを癒そう。

基盤がしっかりしてないと、新しい体験のチャンスを見逃してしまう。

 

という訳で、ソロ活動の限界と健康の重要性でした。