精神と健康と女とテストステロン

健康は全てに通ず。

結局んところ、ほぼ全て宗教なんじゃないか?と思い始めた。

 

自然派の健康法が酷すぎて、やれ「肉食で獣の血を取り入れると耳が尖る」とか、「大豆や餅で下ぶくれの顔になる」とか、訳わかんないことばっか言ってる。

かと言って科学の方でも、有名な「マシュマロテストが偽物だった」事が判明したりしてる。

*マシュマロテスト=子供が目の前のマシュマロ我慢出来るかどうかで意志力や忍耐力が測れ、将来の成功率が分かるとされていた心理テスト。

科学でも「実験デザインによって結果が変わる」し、もはや正しいモノなど存在しない。

*同じ健康法でも「肥満を対象にしたもの」と「アスリートを対象にしたもの」で著しく結果が異なるような感じ。

 

結局「何を信じるか?」ってのは「自分で決めるしかない」。

 

◾︎良いと思ったモノがいい

例えば筆者は「パニック障害に苦しんだ」。

んで、結構色んな文献を見て、そこそこ色んな事をした。

結果的に「効果的だった」のは3つ。

「食事」「運動」「認知行動療法」だけ。

凄え簡単な話で「健康」と言われる生活をする事で「寛解した」。

朝起きてちゃんと飯食って運動して、きちんと睡眠時間を取って寝る。

自分の気持ちを無視せずに行動するようにして、心の負担を軽減する。

「特別な事なんか何もなくて」普通に過ごす事が最も効果的だった。

 

⚫︎しかしながら「色々な考え方がある」

心理学系…特にカウンセリングなどを見ていると「色々な考え方がある」と分かる。

この「色々な考え方を知る」というのも、一種の「認知行動療法に当たる」んだが、これを「崇拝すると問題になる」。

 

◾︎テメーの考えがなくなる

何を持って「正しい」とし「判断するのか?」という部分に問題を抱える。

そう。

「そいつが正しいとは限らない」んだ。

俺は「パニック障害を治すには健康が最も重要な指標になる」と思ってる。

しかしながら、先天的に疾患を抱えてるタイプ(先天的に脳内物質の分泌量が少なく不安を抱えやすいなど)は、健康的な生活をしても「改善されないかもしれない」。

その場合は俺のブログの健康法を試すよりも「内科に行く必要がある」。

そして「その人にとって」俺の情報は正しくない事になる。

情報なんて「こんなもん」であり、実際にやってみる以外の選択は存在しない。

だからこそ「自分で決断した」という事が重要になる。

 

◾︎テメーの理論でやってみる

例えば「モテる」。

モテるために「なぜ筋肉が必要だと思ったのか?」。

「人から言われたからじゃないよな?」

「なんとなくそう思う理由」ってのがあって、それを選択してる。

学生の頃に筋肉があった時は女性の反応が良かったとか、単純に自分の理想の方向に「筋肉質である」事が入ってるとか、何か合致してるものがあるからそれを選択してる。

立ち振る舞いも同じ。

男らしく真正面から女性を抱きしめて抱く事を理想としてるのか、チャラく女性とイチャつきながらなし崩し的にやっちゃうのを理想としてるかで「求めるモノが違う」。

様々な情報、自身の体験、自分の感性を擦り合わせて「正解だと思う事をする」。

人の意見は「キッカケに過ぎない」。

理論が優れているからといって正しいわけでもないし、「正しいからと言ってあなたに合うとは限らない」。

他人依存から脱却し、自分の意志を中心としたやり方にシフトしよう。

より優れたものを使っても幸せになるとは限らない。

フェイスブックやインスタグラムで「精神が病む」という研究結果もある。

俺は実体験として「そういう傾向があり得る」と思ってる。

しかしながら、あなたもそうだとは限らない。

だからこそ自分で判断し決める必要がある。

 

◾︎まとめ

優れた理論は「宗教みたいなもの」。

理論破綻してないから美しいだけであって、それが有用とは限らず、正しいとも限らない。

様々な意見を見て「自分が正しいと思った事をする」しかない。

なんにも正しくないから「自分で有用そうなのを決める」。

 

んで、まあ自分が正しいと思ったことを熱っぽく吹聴する事で「ついて来てくれる人達がいる」。

それはそれで勿論良いんだが、それで成功する人もいれば失敗する人もいる。

ある種「無責任である」事は留意しておいたほうがいいだろう。

「俺は俺のスタンスでやってるから好きな人は真似してみてね」くらいが落とし所。

その辺も「自分で判断して欲しい」。

 

優れていようがいまいが「決めるのは自分」。

腹括ってやっていきましょう。