精神と健康と女とテストステロン

健康は全てに通ず。

文章の書き方(辰濃和男。岩波書房)を読んだ。

 

さすが岩波書房。

福沢諭吉がいたって普通に引用されるレベルの書物でしたよ、と。

 

◾︎しかしながら「精神論」

この辺りの「男気」が、大正〜昭和初期世代が最高たる所以。

曰く「なんとしても分かってもらいたいという情熱が必要」。

そして、そこから湧き上がる「相手の立場に立つという視点」。

この2点を持って伝える。

福沢諭吉を例にしていて、開国前後のゴタゴタで最前線にいた福沢諭吉が「どうしても分かってもらう必要がある」という部分からの引用である事を前提に置く。

 

◾︎基礎

1、現場に行く

見て、その空気を感じて、その感情を感じて来いとの事。

例えば…バスケにしようか。

3on3をやる。

そこにいる面子で即興のチームを組む。

皆んな友好的とはいえ。さすがにただたどしい空気から始まる。

そんな中でやってるウチに、皆んなの得意なプレーが見えてくる。

それを活かし(筆者は通称オール4と言われるオールラウンダーで、どのポジションもこなせる)、少しずつチームっぽくなっていく。

馴染んだら、独力で仕掛けに行く。

まず目の前のディフェンスを、右のチームメイトにパスフェイクモーションを入れて動かし抜く。

左のカバーが間に合わないウチにゴールに近づき2人目を抜く。

そして最後のディフェンスと対峙する。

迷わずそのままの勢いで飛び、ダブルクラッチで躱して決める。

その時の敵味方関係ない「歓声」。

「おお」「マジか」と。

その声と、自分の手応えが合致した瞬間の「高揚感」。

これが醍醐味なんですな。

…という「現場の体験」を入れる。

現場でしか見れない事、体験した人しかわからない事を書く。

現場百篇、意自ずから通ず。
腰を軽くしましょう。
なんでも見てやろうの精神で行きましょう。
見ないで後悔するなら、見て後悔しろ。
見て後悔したのなら、その後悔した理由は分かる。
人に会うのも現場の1つ。
芝居も映画も立ち話も、全て現場の1つ。
「路上にこそ人生がある」

 

2、五感を使う

バスケで言えば「スラムダンク」で使われた表現がさすが。

ダ、ダム、キュッ、ダム

っつって、加速や止まるの表現になる。

他にも「ボールのつぶつぶが〜」や、体育館の「キュッ、キュ音」、スリーポイントが決まった時の「スパッ」が代表的。

「静かにしろい この音が……オレを甦らせる。何度でもよ」。

これ。

これ「ガチだから」。

その日一発目のシュートがこの音を出して決まったら、その日1日中調子が良くなるくらいの効果を持つ。

…やべえ。「福沢諭吉」じゃなくなった。

井上雄彦」になったわ。

 

とにかく五感を使う。

 

3、先入観を入れない

難題。

「ありのまま」を見る。

白紙にするのが難しい場合は?


黒だなと思ったら白くする。
白くして白くして、それでも黒が残るかどうか?


白だと思ったら黒にする。

黒くして黒くして、それでも白が残るかどうか?

という事…らしい。

ストーブの石油は水で消してはならない、という思い込みを、実験によって間違いだと証明した。

という事例がある。

「白紙で物事を見る」。

 

4、分かりやすさ

福沢諭吉福翁自伝を読んでの感想。

大袈裟な言い回しも、センチメンタルな表現もない。
事柄そのことのみに語らせて、言葉と文章はそれに奉仕するカタチになっている。
ただ「誰が読んでも分かりやすい」文書になっている。

これを「世俗平易の文章法」と評する。

*小説的例文が丸々あるんだが、引用して良いか不明なためカットしてある。

 

そして「比喩表現の上手さ」も分かりやすさに一役買う。

福沢諭吉の特筆すべきは「比喩表現の上手さ」。
絨毯を、日本で言えば余程の贅沢者が、一寸四方幾千という金を出して買って、紙入れやタバコ入れするというような、そんな珍しい品物と評した。


読み手にとって未知の事柄を、よく知っている事柄にたとえて説明する。


1トンの事を「1トンは米6石に等しい」
だから1000トンは米6000石あまりを積める船の事だと説明する。

 

ここから、上記にも書いた「魂」が入る。

 

5、分かって欲しい情熱

これをラブレターに例える。

「芸もないのに適当な悪口を言う。そうすると文章を書いたみたいな気になれますからね。
今の人に悪口は書けても、いいラブレターは書けない。
いいラブレターを書くには、自分を見定めるのと、対象を見定めるのと、自分と対象の間に関係があって、その関係がどういう意味をもつかという事を把握して、しかもそれに希望的観測を付け加えるっていう事をしなくちゃいけない。
書けないでしょうね。」

ここからもう一歩踏み込む。

自分の思い、考えをなんとしても相手に伝えたい場合、大切なのは相手の立場に立つという事です。
ラブレターで相手を説得するには「これだけは分かってもらいたい」という情熱が必要です。
文章が力を持つかどうか?は、「何としても相手に伝えたい情熱」が重要。

 

まさかの「ラブレター」が出るとは思わなんだ。

ちなみに筆者は思いを伝えるなら「会って言う派」。

非言語コミュニケーションって重要じゃん。

文章だけってラクしてるみたいで嫌じゃね?

…さておき。

 

「そのくらいの情熱と相手の事を考える気持ちを持って書く」という事。

長らく「欠けていたもの」が見つかった。

 

◾︎まとめ

イマイチまとまってないとか言わない!

続編たる「文章の磨き方」も読んでるから、また色々考えるよ!

 

とにかく「情熱」だ。

久しぶりに聞いた。

「伝えたい」と思う事。

「相手の事を考える」事。

人間力の基礎ってのは同じやね。

 

さて、これを落とし込んで、少々新しい表現を模索しますかね〜。

 

では、楽しんで行きましょう♪